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2020年08月24日
京都の地域情報

千本閻魔堂はあの世の入口に建てられた寺。 京都市北区北大路駅 不動産のミチテラス

平安時代に創建された引接寺(いんじょうじ)は

通称「千本ゑんま堂」と呼ばれ、

かつて京都の三大墓地であった化野・鳥辺野・蓮台野の一つである蓮台野という

あの世の入口に建てられた寺として恐れられていたと言います。

引接寺は運の開ける場所に祀られている。

引接寺がある場所は、京都の北の端(朱雀大路の北側)にあり、

飢饉や疫病で死んだ人々を野ざらしで風葬していた場所でした。

そこで、小野篁(役人・学者・歌人)が

一体の閻魔像を祀り、死者の供養のために寺が建てられました。

平安時代に死者と一緒に無数の石地蔵が埋められており、

その地蔵が本堂の裏側にある賽の河原(三途の川)を

模して造った場所に祀られています。

これらの地蔵は、近年、都市開発が進んだ際に発掘されたものです。

また、あの世とこの世の境目で願い事をすると

運が開ける(吉となる)と考えられてきた縁起の良い場所でもあります。

国宝・洛中洛外図屏風に描かれた引接寺。

引接寺の「引接」は「引導を渡す」という意味で、

死者を運びあの世へ送った場所を指しています。

埋葬で死者の魂が飛ぶと考えられた時代、それを抑えるために地蔵が置かれ、

その地蔵は舟の形をしており、舟形地蔵と呼ばれていました。

これは、あの世へ舟に乗って行けるようにとの意味が込められています。

引接寺は京の名所と町衆の姿を描いた国宝・洛中洛外図屏風に描かれています。

閻魔様に会って涙が止まらなかった。

この閻魔像は死者を冥土に送るために作られたもので、

嘘を見抜く目力と、嘘を付くことができない迫力があるが、

参拝者の気持ちによって見える表情が異なるという。

閻魔像は二重の扉の奥にあり、普段は全身を拝むことはできず、

特別な行事の時だけ扉が開きます。

全長2.4m、大きな目には琥珀が埋め込まれているとのことです。

広辞苑を出した博士・新村出は、この閻魔像を見て、

「どこやらに 慈相のありて 閻魔かな」という歌を残しています。

私は14年ほど前、医師に大切な人が癌であと幾ばくかの生命であることを伝えられ、

傷心のあまり、こちらのお寺に寄ったことがあります。

そのとき特に寺としてはなんの行事もなかったのだが

なぜか扉が開けられ、閻魔像の顔を見ると大粒の涙が後から後から溢れ出て

止まらなかったことを今でもはっきりと覚えています。

それは私にとって「大切に受入れるから心配するな」という

メッセージとして受け取られたのです。

閻魔様は、死者を裁く地獄の裁判で有名だが、

「決してこれからは嘘を付かない」というときに使う

仏教から生まれた言葉に「金輪際(こんりんざい)」があります。

仏教において「金輪」とは地の奥底のことをいい、

「金輪際」はその最も深い場所を指す言葉です。

「金輪際嘘を付きません」という言葉は

地の底と同じぐらい深い誓いであることを意味しています。

 

折しも昨日・今日と京都では地蔵盆です。

今年は密にならないよう各地域で中止されてる所が多いですが、

地蔵盆の創始者の一人である小野篁が開基に仮託する引接寺、

この後、寄って来ようと思っています。

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