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2020年08月27日
京都の地域情報

鯖街道は魅力いっぱい「京は遠ても十八里」。北大路駅不動産のミチテラス

海のない京の都では、古くより若狭の海産物が運ばれていました。

そのなかでも18世紀後半から鯖が数多く運ばれ

「鯖街道」と呼ばれるようになりました。

冷凍技術のない時代、生鯖を塩でしめ輸送に丸1日を要し

京につく頃には丁度良い塩加減になっていました。

御食国から「京は遠ても十八里」と慕われていました。

古代、「若狭国」は「志摩国」「淡路国」とともに、

京都の朝廷に食料を献上する御食国(みつけくに)の一つでした。

特に若狭の海産物や物資を運び文化交流の道ともなった、

福井県小浜から京都出町に至る街道を「鯖街道」と呼んでいます。

この街道はいくつかのルートがあり、

1番ポピュラーなのが小浜市から若狭町三宅を経由し熊川・朽木を越え、

京都大原から終点となる出町に至る「若狭街道」です。

その距離およそ71km、鯖街道の終点となる左京区出町橋西詰の「鯖街道口」は、

当社から車で10分あまりのところにあります。

往時の若狭街道は現在の国道367号線ではなく

大見尾根を経由する山道であり、難所も多かったのではないかと思います。

また、広義では現在の福井県嶺南地方から京都を結んだ街道すべてを

鯖街道と呼んでいます。

鯖街道には歴史がたくさん詰まっています。

この街道は多くの武将が駆け抜けました。

浅井・朝倉に攻められた織田信長の撤退戦「金ヶ崎の退き口」には、

信長が朽木越えで京へ逃げ延びたことなど有名です。

また、熊川宿は明智光秀と深い関わりのある場所の一つで、

光秀の盟友・細川幽斎の妻となった麝香(じゃこう)の故郷です。

女性でありながら、「関ヶ原の戦い」の前哨戦となった田辺籠城戦では

甲冑を身にまとい合戦に備えたといわれる強者です。

幽斎と麝香の長男細川忠興には光秀の娘の玉(細川ガラシャ)が嫁いでいます。

 

今では京都市内からでも車で2時間ほどで到着する鯖街道の旅。

往時の先人たちの思いを馳せながら、小旅行してみませんか?

鯖と言えば鯖寿司を食べたくなりました。

鯖街道の終点出町に鯖寿司の美味しいお店があります。

出町枡形商店街にある「満寿形屋」という

京都市以外の方にはあまり知られていませんが名店です。

こちらの鯖は若狭産のときや

四国と九州の間にある豊後水道産があるようです。

鯖は脂がのって美味しく肉厚です。

その大きさは一口で食べられない大きさで、

私の場合はガリに醤油をつけ鯖の上にぬって二口に分けて食べます。

そして注文するにはうどんとセットにすることをおすすめします。

うどんはカツオだしが効き京うどんらしい麺ですが、

アツアツのお汁で羹(あつもの)大好きな私には最高です。

食べログみても以前はこんなもんじゃないと思ってましたが、

現在は実力に見合った高評価が出ているようです。

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